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2017-03-11

Essays #11 / 撮影場所

essay_11

Text written by Komatsu Hiroko

工業地帯での撮影は写真を撮っている時間よりも撮影出来る場所を探してただ歩いている時間のほうが遥かに長いという、客観視すると大変に退屈なものです。空気が大変に悪く、暑くても日陰となる木立もなく、寒くても風を遮るものもないという状態で、退屈で身体的に負荷のかかる作業を精神的な高揚無しで続けられることを基本に撮影行為が成り立っています。そんな撮影行為の中でも時折「神様のプレゼント」としか言いようのない場所に行き当たることがあります。
深夜バスで夜11時頃に東京を発つと朝7時頃に大阪に到着します。真冬を除き朝7時は撮影に適した日光量を得られる時間なので、大阪到着と同時に撮影を開始することが出来ます。その時もいつものように事前に地図を見て選んだ場所に電車で移動してから撮影出来る場所を探して歩き続けていました。ある運河沿いの道へと入っていくと、煉瓦や石畳などがうずたかく積み上げられた幅10メートル長さ200メートルほどの資材置き場が突如目の前に現れました。夢のような光景です。整然としている部分と崩壊している部分が混在している資材の隙間を一歩毎に、身体の向きを微妙に変える毎にシャッターを押しながら進んでいきましたが、恐らくこのとき私の顔は大きく微笑んでいたと思われます。2時間ほどで持っていた全てのフィルムを使い切り、日没を迎えることなくこの幸福な撮影は終了となりました。
当時は六切(約25cm x 20cm)のプリントでグリット状に壁面構成する試みの初期段階で、展示の際には会場が小さかったこともあり、この場所で撮った写真だけでひとつの壁面を構成してみました。同じ場所で撮影されたよく似た写真を大量に見ることで、方向や時間が失われる感覚、森の中で道に迷ったときの感覚にも似た落ち着かない状況に置かれることに気づきました。これは重要な発見で後の壁面構成、更には床面構成に大きく影響していきます。
最近になってこの場所で撮った写真だけで一冊の写真集を構成してみました。製本方法の制限から撮った全ての写真を使ったわけではありませんが展示と異なり、本の形態をとる写真集は基本的は一ページ目から順番に最後のページへと流れる時間を持っています。また、どこから開いても何ページも飛ばしてめくっても良いという制作する側の意図が強制力を持った時間軸とならないところも本という形態の特徴だと思います。タイトルは撮影日時と場所からとって『Port Area, Sakai, Osaka. 12:00 – 14:00, May 4, 2010』としました。写真からは年代や場所が読み取れないように撮影していますが、具体的な地名や日時をあえて提示することで固有名や時間を抽象化することを意図しています。