toggle
2017-04-21

Essays #16 / 8mm

essay_16

Text written by Komatsu Hiroko

わたしは展示において大量の印画紙を持ち込むことで、過去ー現在ー未来というような撮影における連続する時間の流れと、鑑賞者が展示を見ることで生じる連続する時間の流れを分断したいと考えています(Essays#10/時間)。ここに8mmで撮影した過去の展示のインスタレーション映像を持ち込むことで、更に時間の流れを混乱させようと考えました。
8ミリ映画とは8mm幅のフィルムを利用した映画のことで、映写にあたって免許資格が不要で取り扱いが簡便なことから主に家庭用に1932年から発売され教育用や産業用など広く使用されていました。数種類のフィルムの規格が存在していましたが、現在ではスーパー8とシングル8のみが入手可能で、現像に対応しているラボは大変に少なくなっています。8ミリ映画は過去の技術であり、科学の進歩によって絶滅の危機に瀕してると言えます。
過去の展示のインスタレーションを過去の技術である8mmで撮影するのは懐古主義(趣味)からではなく、写真と8ミリ映画の共通事項であるフィルムで撮影された映像の粒子の物質性からです。この物質性についてはわたしのインスタレーションでは一貫して重要な要素となっています。
レンズF1.8、11.5㎜の固定焦点、撮影コマ数は18コマのみと必要最小限の機能だけを備えた「フジカP2」という8mmカメラを使用しています。8mmフィルムは1本で約3分間の撮影が可能なので途中途切れる(カットを割る)ことのないように自身のインスタレーションの中を極力ゆっくりと歩き回って撮影しています。
このようにして撮影された複数の過去のインスタレーションの8mm映画をデジタル化して、複数台のブラウン管テレビをインスタレーション内に配置、上映しています。8mm映画をデジタル化するのは8mm映写機は回転し光と音を発するので、映像以外の運動の要素が入るためです。物質性は必要ですが運動はインスタレーションに取り入れることが難しい要素なので、わたしの撮影現場でよく目にするブラウン管テレビを使用しています。この過去のインスタレーションを作品に取り入れる方法は『Book#1』という作品の構成にも共通しています。