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2017-08-12

Essays #26 / シリアルキラー

essay_26

Text written by Komatsu Hiroko

わたしは以前から「シリアルキラー」と呼ばれるものに強い関心を持っています。コリン・ウィルソンは「芸術家と同じように、このタイプの犯罪者は一種の精神の独立性を所有している。ということは、重大な問題ーーそれは、彼らのもっとも根強い脅迫観念なのであるがーーになると、彼らは他人に相談しようなどとせず、まっしぐらに突き進んでいく、ということを意味する。その強迫観念が、たまたま、『わが秘めたる生活』や、『裸のランチ』を書くというのであれば、無害である。少なくとも、ただちに社会に害を及ぼすということはない。もし、それが少女を強姦するということであれば、社会に深刻な衝撃を与える。(殺人ケースブック、高儀進訳、河出書房新社、1992)」と、芸術家と殺人者の共通性を挙げています。コリン・ウィルソンが「強迫観念」という言葉で指し示すものは、わたしが「思想」または「衝動」(Essays#1)という言葉で指し示したものと同じだと思いますが、わたしにとっても興味ある問題は、なぜそれが為されるのか社会通念から読み解くことの出来ない「脅迫観念」もしくは「衝動」がどこから来て、最終的にこのような段階に達するのか、ということです。
「シリアルキラー」に関する多くの手記やドキュメンタリーなどを読むことはわたしにとって大変に興味深いことではありますが、そこから「衝動」に関する解答が得られることはありませんし、解答を得ることを期待してもいません。わたしたちは小さいときから学校教育を通じて、ものごとには「正解」があると信じ込まされているふしがあります。わたしには「正解」を疑う、もしくは「正解」は無いと考えるところから、ものごとは始まるように思えます。