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2016-04-02

Quotation #8 / 現実性と虚構性の境界

the-brand-of-prevention_20160402

秋田昌美 「ノイズ・ウォー」より引用
Text quoted from “Noise War” by Masami Akita

“「ノイズ・インダストリアル」のアーティスト達が提示した残虐イメージの大半は「写真」だった点について少し触れておく必要がある。残虐写真は、そこに写し出された「残虐」の現実性と、「写真」というメディアの持つ虚構性の境界でわだかまる、見る側の心的動揺をクローズアップさせる装置だ。残虐写真という極端なイメージは、写真が写し出しているものは「真実」なのかどうかという我々の検証を経ずして、いやおうなくただちにショックへと至る。写真と「真実」の相関関係は特に報道写真に残虐イメージが使われる場合に常に問題になってきた。湾岸戦争でTVや新聞に報道された虐待されるアメリカ軍捕虜のイメージのように、報道写真はイメージとメッセージが分かちがたく結びついている。そこでの「残虐」は残虐イメージのディティール、捕虜の膨れ上がった顔の皮膚や血の滲んだ瞼、といったものを生のままに受け止める暇を与えず、ただちに虐待者への憎悪へと変わる。残虐イメージはここでは政治的敵対者をさらに増悪するための道具である。
残虐ジャケットに写し出された虐待写真や死体写真は、それが誰の写真なのか、自殺か他殺か、他殺ならば誰の手によって行われたのか、といったデータは大概、省かれている。むろん見ればそれと分かる、例えばナチのユダヤ人虐殺死体とかはあるものの、こうしたものはむしろシンボリックだ。多くの、イメージと意味が分ちがたく結びついた報道残虐写真と同様に、ナチの残虐写真のディティールを我々は率直には享受できない。享受する前にそれは人類の敵ナチが行ったものであり、そこに写し出されているのはユダヤ人の犠牲者だという先入観があるからである。
だが、そうした例を除き、「ノイズ・インダストリアル」の連中が使用した残虐写真は固有のメッセージを欠いた匿名のものだ。彼らが使った「残虐」のヴィジュアルが大抵モノクロの、それもコピー機に何度もかけられたような、写真映像としての鮮明度をいくぶん欠いたものだったことも匿名写真としての性質を強めている。輪郭もおぼつかぬほどに何度も複製された残虐イメージは、当初その写真が持っていた固有の政治的コンテキストを摩滅させ、匿名性を帯びた性質へと転化されていたからだ。”