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2016-05-03

Quotation #12 / 全体と生命

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アンリ・ベルクソン 「記憶と生」 ジル・ドゥルーズ編より引用
Text quoted from “Henri Bergson Text choisis par Gilles Deleuze : Mémoire et vie”

“私たちは答えるだろう、無機状態の物質と有機化された物質との根本的な同一性に異議を唱えはしない。私たちが生物と呼ぶ自然的な諸体系は、科学が無機状態のなかに切り取る人為的な諸体系に吸収されるべきものなのか、むしろ生物とは、宇宙の全体という、あの自然的体系に比べられるべきものではないのか、それを知ることこそ唯一の問題である。生命が一種のメカニズムであることは、むろん認めていい。けれども、それは宇宙の全体の中に人為的に孤立させうる諸部分のメカニズムのことなのか、実在する全体のメカニズムのことなのか。すでに述べたように、実在する全体とはまさに不可分の連続であろう。したがって、私たちがそこで切り取る諸体系は、厳密に言えば全体の諸部分ではいささかもない。それらは、全体に対して取られたあれこれの部分的な眺めだろう。そのような眺めをつなぎあわせたところで、全体の再現には及びもつくまい。それは、ひとつの物体をあちこちから写真に取って無数の側面を重ね合わせても、それが持つ物質性は再生されないことと変わりがない。生命とそれを解析して得たとされる物質-化学現象とについても同じことだろう。たぶん、分析は有機的創造の過程のなかに物理-化学現象の増大する数を見る。そして、化学者や物理学者が満足するのは、そこである。しかし、だからといって、化学や物理学が、私たちに生命の鍵を与えてくれるはずだということになりはしない。
曲線の極めて小さな要素は、ほとんど直線に近い。それは小さく取れば取るだけ直線に類似するだろう。極限においては、それは直線の部分と言おうが曲線の部分と言おうがお好み次第になる。実際、曲線は各々の点においては、接線と溶け合っている。同じく、〈生命性〉はどの点においてであろうと物理、化学的な力と接点を成している。だが、結局これらの点は、曲線を生む運動のあれこれの瞬間に対して、停止を想定するような精神の側からの眺めでしかない。現実には、生命は、一本の曲線がさまざまな直線から合成されているのではないように、物理-化学的な諸要素から成り立っているのではない。”