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2016-06-04

Quotation #17 / 独特な集団

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中井久夫『「つながり」の精神病理 中井久夫コレクション』(ちくま学芸文庫、2011)より引用

今後の家族研究はますます複雑なシステムを構想するようになるだろう。木の枝わかれのようなツリー・モデルから次第に、からみあった構造の、いわゆるリゾーム・モデル(根っ子モデル)に移り、さらにそれの重ね合わせのモデルになるだろう。
それは家族においては、複雑な相互作用がいとなまれ、それも裏表、表面と中層と底層、意識と無意識にわたり、またかならずしも整合的ではない相互作用であり、そしていわゆるコミュニケーションがその一部にすぎないような広大な領域の相互作用である。また家族は変動して留まることがない。年をとり、病み、誕生と死と結婚によって、また生計の変動、社会的位置の相対的変化、社会自体の変動によって、すべての家族は影響を受け、これに反応し、変化し、時には崩壊する。さらに社会変動の体験は、一般に個人は家族をとおして受けることが非常に多い。危機的な変動ほどそうである。社会対むきだしの個人という図式は、しばしば実際を反映していない。
非常に小さな単位でありながら激烈な相互作用と本質に迫る変化とが起こってやまないという点で家族は独特な集団である。しかも個人は家族の中で生まれ、個人となる。家族を荷ない、家族に荷なわれ、家族をつくり、あるいは家族から家族へ移り、家族の中で老い、死ぬ。むろん、家族が思い出の中、あるいは幻想の中にしかないこともあるが、その場合でも、人間は家族からまったくはなれているとはいえない。
しかも、家族はそれぞれ独自の歴史をもっている。家庭ごとに味噌汁の味が異なるような雰囲気の独自さもある。中にいる人間にはしばしば空気のように意識されず、外からはついにうかがいしれないものが残る。中間的な位置がない点で宗教と似ているとさえいえる。家族研究に一種の歯がゆさが残るのは、宗教学と信仰との関係と似ている。
このように過去を荷ない、未来をはらみながら家族はある。それは国家よりも、都市よりも古い。