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2016-07-09

Quotation #22 / 矛盾の展開過程

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津村喬『津村喬 精選評論集ー《1968》年以降』(論創社、2012)より引用

病気は「おそってくる」のではない。それは自業自得である。生活の構造に規定された身体の歪み、異常が蓄積していった時、この異常を異常として表現しつつ解決しようとする生命のはたらきがおこる。これが病気である。それはいわば全構造的な矛盾の展開過程であって、そこから症状(矛盾の現象形態)だけを切離して治したりすることはじつはできない。
たとえば熱が出てきたら、それは体内での化学変化に必要なものだから出ているのだろう。だからある場合には、必要な熱を体外から与えてやれば、下がる。熱いから冷やす、というのでは、人間のカラダを鉄と同じようなものと考えることだ。まして化学的に「熱さまし」で下げるとしたら、それは体内の自然な経過を断ち切ることになろう。痛いというのも、それなりの必然があって、深層の事態の信号として痛いのである。それを薬で「治す」というのは、単にそれをマヒさせるだけの表面的な解決にすぎない。個別の症状や局部の障害を全身の有機的関連から切り離して「処理」してしまう近代医学は、病気を治すよりも、むしろそれを潜在化させることに力を注ぐのである。
もっとも単純な例を挙げても、下痢をするのは消化器によくないものが入ったのを自動的に排泄することであって、腸が正常だからこそ下痢をするのである。それを、下痢したから腸が悪いと考えて薬をのんだりするのは、自分が侵略によってつくりだした「後進国」に恩きせがましい「援助」をする帝国主義の論理と同じである。