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2016-09-24

Quotation #33 / 暴力の階級

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マルグリット・デュラス、ドミニク・ノゲーズ『デュラス、映画を語る』(岡村民夫訳、みすず書房、2003)より引用
Text quoted from “LA COULEUR DES MOTS” by Marguerite Duras, Dominique Noguez

M・D 『ナタリー・グランジェ』で、ブルジョワジー、有力なブルジョワジーから生まれたこの少女、小学校で非常に暴力的で、ほとんど懲戒目的の施設へ送り込まれざるをえない少女と、イヴリーヌの幼い殺人者たちとのあいだに、私は類縁関係を創造している。彼らは共通の階級に、私が暴力の階級と名づけている階級に属している。そして、フランスで十年ないし二十年来起きているすべての事柄が、この呼称を確証しているように思う。暴力の階級ということはヨーロッパのどこででも通用するし、フランスでもそう。暴力の階級とは、階級問題ではまったくない。ここでは、暴力のほうが階級をつくる。子供たちの社会水準でもなければ、教育水準でもなく、両親の道徳のあり方とか、子供たちにたいして欠けていた愛情とかでもない。そうしたことなんて、私はもはや信じていない。そうではなく、この何ものも食い止められない暴力を生み出しているのは、まさに現代社会に直面した子供たちの本性そのものなのよ。暴力は、それだけでひとつの階級。ブルジョワ階級や貴族階級があり、生産にかんするマイノリティ、プロレタリア階級があるばかりでなく、暴力の階級というものがある。階級のあらゆるカテゴリーから逸脱しているからといって、それが階級でないということにはならない。この特異な要素、暴力から、それはそれ自体で階級を形成している。つまり、私たち誰もが知っていて、多かれ少なかれふれたことがあり、多かれ少なかれ体験したことのある拒否というものから。暴力って、私たちにも身に覚えがあることでしょう。それは学ぶものではなく、目撃したときに再認するもの。つまり深い資質ね。
D・N そんなことを、七二年に映画を撮りながら考えていたのですか。
M・D つねに考えていたわ。子供時代から、私の母が被害者となった不正から、私たちの貧困から、それを考えた。それは、私がものを書いたということと無縁ではないと思う。