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2016-10-22

Quotation #37 / 老人処理のための戦略

the-brand-of-prevention_20161022

イヴァン・イリッチ『脱病院化社会 医療の限界』(金子嗣郎訳、晶文社、1998)より引用
Text quoted from “LIMITS TO MEDICINE MEDICAL NEMESIS : THE EXPROPRIATION OF HEALTH” by Ivan Illich

寿命の最高は変っていない。ただ平均寿命が変ったのである。出生時の余命は著しく増加した。いかに病んでいようと、また生存のために特殊な環境、特別なケアを必要としようとも、たくさんの子供が生のびるようになっている。若い成人の平均余命は貧困国においても延長している。しかし富める国にあっては、一五歳から四五歳の間の人々の平均余命は停滞する傾向が出てきたが、その理由はかつて肺炎とか他の伝染病によって死亡した人数と同じほどの人々が、事故や新しい文明がもたらした病気で死亡するからである。相対的に老人がふえ、彼らは病気になりやすく、はじき出され、自らどうすることもできないのである。どんなに薬をのんでも、どれほどケアが与えられても、六五歳における平均余命はこの一世紀変っていない。医学は老化に結びついた疾患に対して大してなすこともなく、まして老化それ自体の過程と経験に対しては何らなしえないのである。医学は心臓循環器病、大部分の癌、関節炎、進行した肝硬変、感冒すら癒しえないのだ。老人の痛みが軽減されうることは幸いなことである。しかし不幸なことに、老人に対する大部分の医療は専門家の介入を必要とし、単にただ痛みを強めるだけでなく、治療が成功したときでも痛みを長びかせることがある。
老年は人口学的理由によって、ある歴史上の時点において、医療化されるべくしてされたのである。アメリカの医療予算の二八パーセントが六五歳をこえた全人口の一〇パーセントの人々のために使われている。この少数者は各年三パーセントずつ増加していき、彼ら一人当たりのケアにかかるコストは、人口全体の一人当たりのコストより五から七パーセント余計に上昇しつつある。より多くの老人が専門家のケアを受ける権利を獲得するにつれて、自ら独立して老いる機会が失われていくのである。より多くの人々が施設にのがれようとする。同時に矯正できる障害の改善、不治の病の治療を求めて治療をうける老人がふえるほど、老人サービスが対応できぬ要求は雪だるま式に大きくなってゆく。年老いた夫人の視力がおとろえると、もし彼女が「盲人施設」に入らなければ彼女の苦境は認識されたことにならないのである。(盲人施設はアメリカ合衆国に八〇〇余りあり、盲人、とくに若い盲人で、仕事に復帰できそうな人々に奉仕している)。彼女が若くもなく仕事につける年でもないと、彼女はいやいやながらの歓迎をうけるだけである。同時に彼女は老人の施設に適応するのが困難になる。かくして彼女は二つの施設によって医療化されることになる。その一つは、彼女を盲人の中で社会化させようとし、もう一つは彼女の老衰を医療化しようとするのである。
専門家のサービスを受ける老人が増加するにつれて、老人のための特別の施設におしこまれる老人の数は増加し、隣人はお荷物になる人々にますます冷たくなるのである。これらの施設は老人処理のための現代の戦略のように思われ、老人は他の社会によるよりは公明正大に、論証できることであるが、それほどひどくない形式で収容されるのである。入所後一年の死亡率の高さは、もとの環境にとどまっていた人々の死亡率に比べて重要な差がある。家庭から切り離されることによって多くの重病があらわれ、死亡率も上がるのである。自分の寿命を短くする目的で施設入所をのぞむ老人もある。依存することはつねに辛いことであり、老人にとっては特にそうである。若い頃の特権もしくは貧困も、現代では老年において頂点に達する。非常な金持ちと、非常に独立心のある人間だけが、自分の人生の終わりが医療化されないことを選択できるのであって、貧乏人は医療化に屈従せざるをえず、彼らの住む社会が豊かになればなるだけ医療化は極端に、かつ普遍的になるのである。老年を専門サービスを必要とする状態に変様させることによって、老人は税金で支えられた特権の種々の相対的レベルにおいて自分が収奪されているということを痛切に感じる少数者の役割を果たすことになる。時には悲惨であり、無視によりひどく落胆させられる弱い老人から、最も悲しい消費者グループの有資格メンバーへと変わるのであるが、決して充分なものを獲得できるように計画されていないのである。医学のレッテルが人生の終末に対してなすことを、人生の初期に置いても同様になすのである。医師の力が老年に関して初めて肯定され、早期の引退、閉経期にまで侵入していくのと同様に、医師の分娩室での権威は、十九世紀中頃にはじまったのだが、保育園、幼稚園、教室、医療化された幼児期、児童期、思春期へと拡がっていく。しかし老人に体するコスト高のケアの急増の制限を弁護することは容認されやすいとしても、子供に対するいわゆる医学的投資について制限しようとするのはいまだにタブーのようである。工業化社会の親たちは、十六年の形式的教育によってつぶされ型にはめられないならば誰も適応できぬ社会のために、人的資源をおくり出すように強いられ、自分で子供をケアする自身がなく、絶望して子供に薬を浴びせかけることになる。アメリカ合衆国において医薬品の生産を現在の一〇〇〇億ドルのレベルから一九五〇年の一〇〇億ドルのレベルに下げようとか、コロンビアの医学校を閉鎖しようという提案は決して議論の対象にもならなかった。なぜならこのような提案をする人間は、幼児殺し、貧民の大虐殺を提案する無慈悲な人間であるとして信用されないからである。経済的生産性の高い人間造りに対する工学的アプローチの結果、子供の死はスキャンダルになり、幼児期の病気による障害は公衆の迷惑であり、矯正不能の先天性奇形は見るにたえないものになり、優生的バースコントロールは一九七〇年代には国際会議ですすんで取り上げられるテーマになったのである。