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2016-12-03

Quotation #41 / 問題を構築する技術

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ジル・ドゥルース、クレール・パルネ『ドゥルーズの思想』(田村毅訳、大修館書店、1980)より引用
Text quoted from “Dialogues” by Gilles Deleuze & Claire Parnet

インタヴュー、対話、対談、——「自分自身を説明する」のはとても難しい。多くの場合、私が質問され、それが私に関することであっても、私にはまったく何も言うべきことがないのに気がつく。他のものと同様、質問も作り上げられるのだ。手当りしだいどこからか引き出したもので質問を作ることが許されぬ場合、そして逆にそのような質問を「浴びる」時には、大して言うべきこともないものだ。問題を構築する技術が非常に重要で、答えを見出す前に、問題を、問題の位置を考え出す。インタヴューや会話や討論ではそのようなことがまったくなされない。反省は、一人、二人、あるいは数人では不十分だ。とりわけ反省がない。反論に至ってはさらにひどい。反論されるたびに私は「ご説ごもっとも、では別の話題に」と言いたくなる。反論が何かをもたらしたことなどまったくなかった。一般的な質問を受ける時も同様だ。目的は質問に答えることではない、ぬけ出すこと、質問からぬけ出すことだ。多くの人々は質問をみたすことによってのみ質問から逃れられると思っている。「哲学の現状やいかに、死滅か、乗り越えられるのか」、これはとても苦痛だ。質問からやっとぬけ出られたと思うとまたふりだしに戻ることがくり返される。だが、これでは決してぬけ出せない。思考者の背後で、あるいは彼がまばたきする瞬間に、同じことがつねにくり返される。ぬけ出すことは、すでになされたか、あるいは決してなされぬのか、どちらかだ。
一般に質問は未来(または過去)に向けられる。女性の未来、革命の未来、哲学の未来、等々。だが、その間に、そのような質問で堂々巡りしている間に、ひそかに働く、ほとんど気づかぬほどの種々の生成変化[…になること]がある。個人史であれ世界史であれ、人々はあまりに歴史の用語で考えすぎる。生成変化とは地理上のもので、種々の方向、方角、入口と出口のことだ。女性とも、女性の過去や未来とも同一視されぬ女性=生成変化(になること)があり、女性は己れの過去と未来、己れの歴史からぬけ出すのにそこに入らねばならない。革命の未来とは別ものの、必ずしも闘士とはならぬ革命家=になることがある。哲学史とはまったく無縁の、むしろ哲学史では分類しえぬ人々を経過する哲学者=になることがある。