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2016-12-17

Quotation #42 / 死に対する用意

the-brand-of-prevention_20161217

チャールズ・ブコウスキー『死をポケットに入れて』(中川五郎訳、河出書房新社、1999)より引用
Text quoted from “The captain is out to lunch and the sailors have taken over the ship” by Charles BUKOWSKI

今日は競馬はなし。不思議とふつうの気分。どうしてヘミングウェイが闘牛なしでいられなかったのかよくわかる。闘牛が彼の絵の枠組みを作り、絵のあるべき場所や意味を絶えず彼に思い起こさせたのだ。時としてわたしたちはうっかり忘れてしまう。ガス料金を払うことや、オイル交換をすることなどなど。ほとんどの人たちは死に対する用意ができていない。自分たち自身の死だろうが、誰か他人の死だろうが。死に誰もがショックを受け、恐怖を覚える。まるで不意打ちだ。何だって、そんなこと絶対にありえないよ。わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いている。そいつを取り出して、話しかけてみる。「やあ、ベイビー、どうしてる? いつわたしのもとにやってきてくれるのかな? ちゃんと心構えしておくからね」
花が育つことについて嘆き悲しむこと以上に死について嘆き悲しむようなことはもはや何もない。何が恐ろしいのかと言えば、死ではなく、みんなが生きる人生そのもの、あるいは天寿を全うしてその死を迎えられないということだ。みんなは自分たち自身の人生をありがたがることもなく、小便をひっかけている。どうでもいいと思っているのだ。愚かなやつらめ。彼らが頭を使うのは、誰かとファックすること、映画、金、家族、そしてまた誰かとファックすること、それしかない。やつらの心の中には綿がぎっしり詰まっているだけだ。誰もが何ひとつ考えることなく神を鵜呑みにし、何ひとつ考えることなく国家を鵜呑みにする。すぐにもみんな考える方法を忘れてしまい、自分以外の人間に自分に代わってすべて考えてもらうようになってしまう。やつらの頭の中も綿が詰まっている。見た目も醜ければ、喋り方も醜く、歩き方も醜いやつらばかりだ。やつらに何世紀にも及ぶ偉大な音楽を聞かせてやったとしても、まったく耳に入らない。ほとんどの人間の死はまがいものだ。何も残らない死。