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2017-01-14

Quotation #44 / マスメディアの罪

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デイヴ・カリン『コロンバイン銃乱射事件の真実』(堀江里美訳、河出書房新社、2010)より引用
Text quoted from “COLUMBINE” by Dave Cullen

トレンチコート・マフィアが神話化されたのは、それが映像的で、インパクトがあって、はみだし者の一匹狼というそれまでの学校銃撃犯のイメージにぴたりとあてはまったからだ。コロンバイン神話はすべてそのようにして、それも驚くような速さで生まれた。悪名高い通説の多くは、犯人の遺体が見つかる前からすでに定着していた。
コロンバイン高校の事件についてわたしたちは、次のように記憶している。はみだし者でゴス趣味のあるトレンチコート・マフィアの二人組が、ある日突然、ジョックにたいする積年の恨みを晴らしたと。けれどもそのほとんどが事実とは異なっていた。ゴスでもはみだし者でもなければ、ある日突然起きたわけでもなく、ターゲットも、積年の恨みもなく、トレンチコート・マフィアでもなかった。そういった要素はコロンバイン高校に確かに存在し、通説がまかりとおる原因となったが、実際は、犯人とはなんの関係もなかった。それ以外の少数派の説ーーマリリン・マンソン(反キリスト教的な曲や過激なパフォーマンスが保守派から敵視されるロックミュージシャン)、ヒトラーの誕生日、マイノリティー、キリスト教との関連などーーも、やはり根拠のない噂であった。
この事件を熟知している人々のなかには、もはやこの手の通説を信じる者はほとんどいない。報道関係者、捜査員、被害者の家族、その弁護士。それにもかかわらず一般の人々の多くは、当然のようにこれらの話を信じている。なぜなのか。
メディアを擁護する人々は、当時の混乱を原因にあげる。二千人もの目撃者がいて情報が錯綜するなか、いったい誰にすべてを正しく把握することができただろうかと。だが問題は事実ではなく、時間が解決してくれるわけでもなかった。事件が最初に活字になったのは『ロッキーマウンテン・ニュース』の号外だった。印刷に回されたのが火曜日の午後三時で、図書室で遺体が発見されるより前のことだ。事件を要約した九百語のそれは稀に見るすばらしい記事に仕上がっていて、人の心をつかんで離さないばかりか、驚くほどに正確だった。詳細だけでなく、全体像を的確にとらえていた。つまり二人の冷酷な殺人鬼が、無差別に生徒を撃ち殺している、という主旨である。これはその春、事件の本質を正しくとらえた最初で最後の記事だった。
大惨事を伝える報道が、混乱にはじまり、時間とともに真相が明らかになっていくのはジャーナリズムの原理だ。情報が飛び交い、やがて霧が晴れて全体像が固まる。それを大衆が受け止める。しかしながら完成した絵が実物とかけ離れていることもしばしばだ。
コロンバインの恐怖がはじまって一時間後、ニュース局は二人か、あるいはそれ以上の武装犯による犯行と報じた。二時間後には、それがトレンチコート・マフィアの仕業だとされた。TCM(トレンチコート・マフィア)とは、ゴスのメイクをほどこした同性愛者からなるカルト集団で、二〇〇〇年にむけて死をばらまくという突拍子もない計画を練っていたと。
ばかげているかどうかは別として、メディアが犯した重大なミスのなかでも、TCM神話にはそれなりの理由があった。犯人たちはトレンチコートを着ていたし、一年前からそう名乗るグループがいたことも事実だ。その二つを結びつけてしまった一部の生徒を責めることは難しい。そう考えるのはごく自然な流れだろう。けれども火曜日に報じられなかった、しかしきわめて重大な点は、クレメント・パークにいた生徒のほとんどはTCMのことなど一言も口にしていない、という点である。エリックとディランの名前をあげる者さえ数えるほどで、二千人規模の学校では、二人のことを知らない生徒が大半だった。それに誰もが銃撃を直接目にしたわけでもない。はじめのうちはほとんどの生徒が、誰がこんなことをしたのか見当もつかないと、リポーターに答えていた。
ところが状況はすぐに変った。二千人の生徒がテレビにかじりつき、それを見た者同士が一晩中携帯電話でしゃべった。テレビでほんの数回伝えられただけで、トレンチコートの関与は決定的になった。疑う余地はなかった。「それだ!トレンチコートだ、トレンチコート・マフィアだ!」
実のところ、テレビの報道は慎重だった。「〜とみられる」や「〜といわれている」など、断定的でない言い回しを使い、犯人の身元はまだ明らかになっていないと断ったうえでTCMに触れるようにして、視聴者に判断をゆだねようとする向きもあった。ただ、くりかえし伝えられたことが問題だった。CNNの報道がはじまって最初の五時間、TCMの名をあげる生徒はわずかだったが、リポーターたちはみな、この話題に飛びついた。テレビは噂を扱うときの言い回しには気をつけていても、くりかえすことの影響力については無自覚だった。
生徒たちがTCMの関与を「知った」のは、目撃者やニュースキャスターがテレビでそうと言ったからだ。さらに彼らはそれを、おなじような報道を見た友人と確かめ合った。噂はまたたくまに広まった。火曜日の午後、ジェフコ南部でティーンの彼らにできることといったら、おしゃべりくらいしかなかった。TCMが事件の背後にいることを、自分たちは事実として知っているのだと思いこんだ。午後一時から八時のあいだに、クレメント・パークでTCMに言及した生徒の数は、ほぼゼロの状態から、ほぼ全員にまでふくれあがった。彼らは話をでっちあげたわけではなく、ただ聞いたことをくりかえしていたのである。
二つ目の問題は、たずねなかったことだ。最初の五時間、CNNの誰一人として生徒にこうたずねなかった。あなたはどのようにして犯人がトレンチコート・マフィアの一味だと知ったのか、と。
新聞や雑誌の記者、トークショーの司会者、それ以外のマスメディアも、おしなべておなじ過ちをくりかえした。「町中が『トレンチコート・マフィア』という不吉で聞きなれないフレーズに関心を寄せている」水曜日の朝、一般大衆紙『USAトゥデイ』は伝えた。たしかにそれは事実だった。しかし誰が誰に伝えていたのか? 記者たちは当然、生徒がメディアに情報を提供しているものだと思っていた。しかし実際は逆だったのである。