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2017-04-08

Quotation #47 / 新種の事故

the-brand-of-prevention_20170408

ポール・ヴィリリオ『アクシデント 事故と文明』(小林正巳訳、青土社、2006)より引用
Text quoted from “L’accident Original” by Paul Virilio

実際、映画とはシークエンスに沿って晒される時間のことである以上、テレビの出現にともない、まさにその「国境を横断して」偏在していくテンポのせいで、眼前に展開される歴史は一変することになったのだ。
かくして、歴史全体が新種の事故、すなわち見たままの知覚——「映画的」、やがては「デジタル的」知覚——の事故を蒙っているのである。こうした知覚は、歴史全体の意味、その習慣的なリズム、つまり、日めくりやカレンダーのリズムを変容させる。言い換えれば、われわれの世界観を転倒させるようなテレビ的瞬時性に特有のごく短い時間のために長い時間を変容させているのだ。
「速度を得るとともに、人間は新種の事故を発明してきた……。自動車の運転者の運命は、純粋な偶然と化したのである」と、一九三〇年代にガストン・ラジョは書いていた。
視聴覚的速度による大事故について、したがって、無数のテレビ視聴者という群集の運命についてどう言えばよいのだろう。視聴覚的速度の出現とともに、歴史は、事実の突然の衝突、出来事の食い込みによって「事故的」になったとでも言うほかはない。かつて出来事は継起的に起きていたのに対し、今や、出来事の解釈のために以前は必要だった時間のインターバルも距離もお構いなしに、突如として同時的なものとなったのだ。