toggle
2017-05-20

Quotation #48 / 罹患する精神

the-brand-of-prevention_20170520

『西ドイツ「過激派」通信』(田畑書店、1980)所収、奥野路介「かき消された旅団ー〈社会主義患者集団〉の失跡と痕跡」より引用

SPK(「社会主義患者集団」Sozialistisches Patientenkollekiv)は人間の精神が罹患するということを、病者の遺伝学(家系)や個人的な生活史の特殊性において理解しようとはしない。この集団が現代の人間精神の認識に向かうとき、そこには(自明のことだが)資本制による階級社会の諸条件が、前景にも背景にもある。そして、ありていにいえば、階級社会である以上それは搾取する者と搾取される者とによって構成されており、しかも現代の被搾取は、多くの場合、直接的な物質的窮乏に短絡していない。そのかわりこの現代の窮乏は、大衆的規模で生産される心理的精神的貧困として、商品とともに市場に現象するというのである。
「資本主義がもたらした工業化によって、ある社会が誕生した。そこでは、非人間化し劣等化し、知的にも倫理的にも獣のレヴェルになりさがったばかりでなく、肉体的にも萎縮した人間の種族が、居心地よく感じることができるような、そういう社会が誕生した。」
一八四五年、『イギリス労働者階級の現状について』のなかで、エンゲルスはこのように書いた。すべてを部分的な存在におとし込める分業の力は、ひとりの人間の完結した全体性を襲い、労働力をトコトン商品化する労働過程は、賃労働者を物に変えてしまった。人間をこういう状態に変えることが、資本主義生産諸関係の成立と存続のための前提であり、同時にそれが成立し存続していることによってひき起こされる結果でもあった。
そしてSPKは、「存在に規定された精神」がこのことをとおしてこうむる損傷と、この損傷にたいする(さいしょは無自覚な)反逆が、現代の精神の「罹患」であるとするのだが、そうとするならば、「病い」こそ資本体制下の人間にとって唯一可能な生存形態であるということができる。マルクスが「疎外(エントフレムドゥンク)」という言葉で表現していることを、SPKは「病気(クランクハイト)」という概念のなかでとらえ返そうとするのである。しかもこれは、おなじく分業の一端を担う医療労働者としても精神科医にも、もちろんあてはまることだ。彼は「診断し治療する権限」を分業社会から便宜的に与えられてはいるが、自らも「病んでいる」彼にできることは、他者を「治癒」させることではなく、せいぜいのところ「損傷と反逆によって労働不能に陥った精神」を「労働可能の範疇まで補修する」ことでしかない。精神科医も含めて、この社会には、病識のない病者のふたつのカテゴリー、「健常人と寛解者」と、そして「認定された病者」との三者しか存在しない。
こういう事態は、医療の場を一転させる。そこでは、「診断する者」と「診断される者」は、医者と患者として両極に固定されているのではない。両者は不断に可逆的な緊張のうえにあり、「損傷」と「反逆」と、いずれの側にその都度より多く依拠して生きるかによって、医療関係のなかでの主体と客体は、つねに入れ替わる。この弁証法を目的意識的に組織したものがSPKであり、それゆえこの「集団」では、「患者=顕在潜在の病者」が相互に切り結ぶことを通じて、互いの損傷と抑圧を発見して了解し合い、それをとり除いていくことによって、積極的なプロテストの要素を解き放っていこうとするのである。
だが、それでもそこに、なお人間を分断し商品化しつづける資本制の社会の力が持続的に介入してくるかぎり、この「集団」にも究極の「治癒」はない。それが、用語の非妥協的な意味での人間精神の「回復」を目指そうとするものであれば、それは、同時にこの生産諸関係そのものの本源を衝き、この外に出ようとしなければならない。
ヴィルヘルム・ライヒは「悲惨は資本制よりも古い」といい、マリノフスキーを踏まえて「母権制から父権制への移行期に形成された私有財産制による人間の人間にたいする支配(ゲバルト)の結果」として、圧伏された人間精神の「障害の発見」をいったが(『性道徳の起源』)、この文脈は、それをもういちど資本制の社会に適用し直すことができる。資本制の所有関係には、まず生産手段の私有ということがあるからだ。だから、資本制生産諸関係の本源を襲撃し、その外へ出ていこうとするこの集団は、まず私有された生産手段を共同体に還元し、生産様式と所有関係の総体を「社会化」しないといけない。この集団が「社会主義患者集団」と名乗るのは、まったく他意なく単純明快にこのような理由からだが、ひとまずSPKがゆきついたところまでいってしまえば、これはすでに改良ではなく革命であり、革命には武器が要る。
しかし、民衆に武器をもたらすものはなにか。武器を製造し、あるいは奪取しようとする意欲と、だいいちにその武器をとろうとするこころをもたらすものは、なにかーー 
SPKはこう問い、また答えている。
“Aus der Krankheit eine Waffe machen !”
「病患から、武器を創れ!」
それは、病識の有無にかかわらず病んでいるという病識と、この事実にたいする恐怖と拒否である。